批判
- ゆか
- Feb 26, 2024
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Updated: Mar 1, 2024
批判されなくなることが怖すぎる。批判的な意見が存在しない世界は厳しすぎる。
学生時代、授業で新しいことを学び、レポートやディスカッションでそれについて自分の意見を述べる機会が与えられていて、主に成績という形で専門家から批判あるいは肯定をしてもらえていた。
これ以上なくありがたい環境だった。
学校の外の世界は、まず議論すべきことが明確に与えられない。
そして大体の場合、それ自体が共有されぬまま、移り変わる人々の興味の波にのまれていく。
批判的思考とは批判のためではなく、肯定するための思考だ。
納得できない事に対して「なぜ?」をとことん突き詰めて、最終的には肯定したいのだ。
この世界を肯定したいくせに嘘もつけない。
だから、「もう諦めて嘘でもいいから肯定してしまおうか」とも思えない。
悲しくて、納得できなくて、絶望するし、悔しい、
それでも、自分が存在する世界は素敵でなければならない。
そうであってほしくて思考する、知らなかったことを知る、また傷ついて、いやいやそんな筈はないとさらに深く潜っていく。
海の中は苦しい。
そんな時、批判はひと吹きの息を与えてくれる。
おかげで、周りを見渡せるようになる。
「ああ、潜りすぎたな」とか、「いやまだここかい!」とか、今自分がどのくらいの深さに辿り着いているのか気づく。
批判されないことは不安だ。
ゆかのものさしはまだ赤ちゃんで、ふにゃふにゃで、ずっと仰向けに寝かせとくと後頭部が絶壁になっちゃう。
そんなの嫌だ。
バランスよく様々な批判にさらして、美しい形の頭になりますように。
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